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壱岐の史料から

幕末の嘉永三年(1850年)、平戸藩の前の藩主が島の地誌を作れと命じ、湯岳観上宮の神主 後藤正足が十一年かけて二十五巻を仕上げました。『壱岐名勝図誌』です。同じ人がのちに『壱岐神社誌』も書いています。ここに置いたのは、その二書を当方が現代語に起こし、読み物にしたものです。書かれているのは幕末までの島であって、いまの姿ではありません。

出典の巻から引く

読み物は、もとにした本の巻ごとにまとまっています。巻の名には村の名が入っているので、村から引けます。行き先はこのページの下の一覧の項です。

1 本が二つ以上の巻を引いていることがあります。そのときは巻ごとの行の両方に出るので、行の本数を足しても書の本数にはなりません。

出典: 『壱岐名勝図誌』文久元年(1861年)/ 『壱岐神社誌』大正15年(1926年)(いずれも保護期間の満了した著作です。現代語訳は ikijima.com)

85 本

出典: 『壱岐名勝図誌』/ 『壱岐神社誌』(いずれも保護期間の満了した著作です。現代語訳は ikijima.com)

季節の印は、その話を読むのに合う時期の目安です。季節の暦と合わせてどうぞ。

同じ史料から起こした表もあります。幕末の二十四か村の石高・戸数・人口 / 明治の社格でみる島の神社 173 社

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