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筒城浜のにしき貝
『壱岐名勝図誌』の筒城村の巻に、唐船城という項があります。書き出しは、いつもの地誌らしく寸法からでした。浜を去ること二十四間一尺余。東西七十九間一尺六寸、南北四十間、周囲二百四十六間、高さ六間二尺七寸。誰の城であったか、なぜ唐船という名なのかは、この項には書かれていません。
そのまま城の話が続くかと思うと、途中で筆は海のほうへ移ります。この唐船の海浜にはさまざまな奇貝が多く、里ではこれを「筒城浜のにしき貝」と呼ぶ、というのでした。以下、項の紙数の大半は貝に使われています。千種百千種、その色は数え言いがたい。諸方の雅士で愛さない者はない、と撰者は書きます。城の寸法を書いたときの調子とは、明らかに違います。
そのうえで撰者は、貝の名をいくつか挙げ、ある書に見えた歌を四首書き写しました。ここが、この項でいちばん惜しいところです。当方の写しでは、四首とも歌の行のどこかに読み取れない字が残っていて、貝の名も、作者を示す括弧も、そのうちのどれかが欠けています。案件の決まりは、判読できた文だけを引用する、というものです。行として通して読めない以上、四首はどれも引きません。歌を採ってきた書の名も、同じく読めない字を含んでいます。
残るのは、四首を並べたあとの一行だけです。なおあまた歌があるはずである、と撰者は書いて、項を閉じました。数え上げの途中で筆を置いたことだけが、こちらに届いています。
城の跡を立てた項が、貝の名寄せで終わっている。これは書き手が話をそらしたというより、その土地で何を挙げれば通りがよいかを知っていたからでしょう。堀や土塁は寸法で足りますが、貝のほうは、色の多さと、諸方の雅士に愛好されたことと、歌の数で書かれています。同じ巻には、筒城山や福小路のあたりが牛蒡の名産で味がよい、という一行も入っていました。名所を並べる本が、名物と地続きに書かれていることが分かります。
読める歌が一首も残らなかったので、四首の並びがどんな調子だったのかは、いまのところ確かめようがありません。撰者が「なおあまた」と書いたその先も、同じです。この項から取り出せたのは、城の寸法と、浜の名と、色の多さを言う二文と、閉じの一行でした。
なお、この項には機械で読み取れなかった文字が当方の写しに残っています。判読できた文だけを引用し、読めない文は本文でも扱っていません。落とした結果として話が飛んでいる箇所は、そのつど断りました。
原文から
浜を去ること二十四間一尺余。東西七十九間一尺六寸、南北四十間、周囲二百四十六間、高六間二尺七寸。
この唐船の海浜には、すべて色々の奇貝が多い。国俗に「筒城浜のにしき貝」という。
千種百千種、その色は数え言いがたい。諸方の雅士で愛さない者はない。
なおあまた歌があるはずである。