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蛇の妻が残した刀
武生水村の庄という所に、殿川屋敷という屋敷跡があります。幕末の地誌はその名を項に立てて、寸法も所有者も書かないまま、「伝えにいう」の一句で本文を始めました。あとは伝えがそのまま続きます。
むかし殿川伊勢守という人が、出雲国から葛の浦へ渡ってきて、いま殿川屋敷という所に住んでいた。そこへ美しい女が来て夫婦になり、やがて身ごもった。ここまでが最初の一文です。
産み月が近づくと、女は伊勢守に頼みます。戸のない産屋を建ててください、そして産むところを見ないでください、と。伊勢守はそのとおり戸のない産屋を作り、女を入れました。そして、すき間からひそかに中をのぞきます。
そこにいたのは、七つ八つに枝分かれした大蛇でした。その角の上に、赤子が置かれている。伊勢守は大いに驚いて引き返します。
この伝えが変わっているのは、そのあとです。逃げた男を蛇が追う、という運びになりません。大蛇はふたたび美女の姿に戻って屋敷へ来て、出産の祝いのやりとりをひととおりすませ、それからいとまを乞います。あなたが変化のものと夫婦になったことを知って驚いて帰られたのを、わたしは知っています、という言い方で。
別れぎわに、伊勢守が問います。それではこの子の養育はどうすればよいのか。女は鱗ひきの刀を差し出して、これでこの子の背をなでてください、と言い残しました。
項はそのあと、二行だけ書き足します。伊勢守の墓は長栄寺の向かいにある。そして、その子孫は四代五代までは背に鱗があったと言い伝える、と。
撰者は、この話が本当かどうかを書きません。屋敷の名の下に伝えを写し、墓のある場所を書き、家に残ったという証しを書いて、次の項へ移ります。証しのほうは刀ではなく、子孫の背でした。刀は伝わったかどうかも書かれていません。
原文から
むかし殿川伊勢守という人、出雲国より葛の浦に来り、いまいう所の殿川屋敷に住みける時、美女が来り夫婦のかたらいをなし、すでに懐胎す。
臨産に及びて勢州に謂いていう、「戸なき産屋を造りて産体をな見給いそ」と。
勢州はすなわち無戸の産屋を作り、彼女を入らしめ、すき間よりひそかに見ければ、七、八支の大蛇となり、角の上に赤子を置きてそれあり。
ゆえにその子孫は四、五代までは背に鱗ありといい伝う。