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白い島で明日の天気を読む

本宮村の浦海の沖にある小さな島は、岩の色の変わり方で日和を占うのに使われていました。

1861 年までに書かれた記述をもとにしています。いまも同じものがあるとは限りません。所在と地図は各スポットのページにあります。

本宮村の浦海に属する島が一つあります。岳城の岸の艮の方角、岸から三十間ほど離れた所。東西七間、南北九間、周りは三十二間。ただしこれは潮の干いたときに量ったものだ、と幕末の地誌はことわりました。

寸法にことわりが要るのは、この島が潮で姿を変えるからです。潮が高く満ちるときは島の高さが二間余りに見え、潮が干くと三間余りになる。満ちているときは舟で渡り、干いているときは歩いて行ける。同じ島が、日に二度ずつ、離れ島と陸続きを行き来していたわけです。

島の全体が白い岩でできていました。晴れた日には、その白さがまことに雪のようで、日が当たると目が眩む。雨の日には、自然に岩の色が黒くなる。地誌はそう書きます。

この色の変わり方が、里で使われていました。晴れていても島が黒く見えれば、やがて雨が降るだろうという。雨の中でも白く見えるときは、雨が晴れるだろうという。島によって日和のほどを占うのだ、と。

実際に起きているのは、岩が濡れて色が濃く見えることでしょう。空気が湿れば、降り出す前から岩は濡れます。里の人は原因を説明せず、島の見え方と、そのあとに来る天気を結び付けて覚えていました。予報のかたちを取っている言い伝えは、たいてい、こうして先に起きる変化を見つけたものです。

地誌は、この島だけが白くて、近所の地はみな普通の岩の色である、と書き添えました。近くと違うから目につき、目につくから毎日見られ、毎日見られるから天気と結び付いた。三つが順につながっています。

項の終わりは、撰者自身の一言です。古い歌には撫子や磯馴松が詠まれているけれど、いまその木や草は無く、茅や薄や磯黒木が生えている。どうにかして松と撫子を植えたいものだ、と。歌に詠まれた姿と、目の前の姿が違うことに気づいて、直したいと書いてしまう。測って、里の使い方を写して、最後に自分の願いを一行だけ置く。この本の項の終わり方として、めずらしい形です。

原文から

また潮の満つる時は舟より渡り、潮の干る時は陸より行ける島である。

巻之二十二 本宮村之部(雪島)

全体が白岩であって、晴天には白いことまことに雪のごとく、日に映じて目映い。雨天には自然に岩の色が黒くなるとぞ。

巻之二十二 本宮村之部(雪島)

これによって、晴天でもこの島の色が黒くなればやがて雨が降ろうといい、雨中でも白く見える時は雨が晴れるであろうと、この島によって日和のほどを卜なうとぞ。

巻之二十二 本宮村之部(雪島)

さてこの島のみが白くて、近所の地はみな常の岩の色である。

巻之二十二 本宮村之部(雪島)

出典: 『壱岐名勝図誌』文久元年(1861年) 巻之二十二 本宮村之部。いずれも保護期間の満了した著作で、現代語に起こしたのは ikijima.com です。

ほかの読み物: 人が作ったのではない石橋 / 万葉の歌を、この浜に置く

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