このページの更新 10/16 16:05
犬島に埋めた金
半城邑の申の方に、犬島という小さな島があります。地誌はまず測ります。東西三十間、南北十八間、周囲六十三間半、高さ五間。歩いて一周できるほどの島です。その島の上に、犬の墓と言い伝えられている場所がある、と書かれます。
里の人の話は短いものです。むかし頼母という所に長者がいた。金をこの島に埋めるとき、犬が来て鳴いた。人に知られては困ると思って、その犬を切り殺した、と。それが犬の塚だと言い伝えるので、島の名になった、と結ばれます。
この伝えには、埋めた金がどうなったかが書かれていません。掘り出したとも、まだあるとも言いません。話が終わるのは、犬が殺されて塚になったところまでです。宝の在りかを語る話であれば、ふつうは金のほうが主役になります。ここでは、島に残った名のほうが主役です。
項はそのあと、島のまわりへ移ります。犬島の沖に松崎という岬があり、東西四十間半、南北三十間二尺。犬島からは十四間しか離れていません。海に突き出した岬で、松の木立が古びていて眺めが良い、と書かれます。その南に黒瀬という瀬があり、色が黒いのでそう呼ぶのだろう、と撰者は書き添えます。潮が引いたときの高さまで測ってあります。
島の上には松崎社があって、例祭は八月十三日、境内は島ぜんたいでした。犬の塚があると伝える島が、そのまま社の境内になっています。
松崎の北の入江は塩竈浦といいます。この浜でむかし塩を焼いた所だと言い伝えるが、いまはその煙さえない、と地誌は書きます。名の由来になった仕事が、その名を残したまま絶えていたわけです。
そして項の最後に、歌が一首だけ置かれます。『古今和歌集』から、貫之の歌です。君がいなくなって煙の絶えた塩竈の浦は、見渡すかぎり寂しく見える、という歌でした。塩を焼く煙がもう立たない浜の名に、煙の絶えた浦を詠んだ古い歌を並べる。撰者は説明を付けずに、そこで項を閉じています。
犬の塚と、松の岬と、煙の絶えた浜。三つとも、いま何かがあるという話ではなく、かつて何かがあったという名の話です。この項に並んだものは、どれも名だけが残っています。
原文から
島の上に犬の墓といいつたえし所あり。
里民いう、むかし頼母という所に長者ありしが、金をこの島に埋めし時、犬が来りて鳴きければ、人に知られん事を思いてその犬を切り殺したりと。
その犬の塚とぞいい伝えける故、島の名となれり。
この浜にてむかし塩を焼きし所といい伝う。