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七つの池を頂に持つ石
可須村の西戸に水石という石があります。満石とも呼ばれました。東西九尺、南北一丈二尺、周囲五間二尺、高さ六尺。地誌は寸法を並べたあとに、その頂に七つの池がある、と書きます。池と言っても、いちばん大きなもので東西一尺四寸二分、南北一尺五寸、深さ九寸です。小さいものは池と呼ぶには名ばかりだ、と撰者は付け加えました。
そこにいつも水が溜まっている、というのが、この石が名を持っている理由です。伝えは二つ記されています。一つは、この石の上の池は大雨でも増えず、旱魃でも減らない。朝に乾いて夕に満ちる、というもの。もう一つは、海の潮の満ち引きにしたがって水が差し引きする、というものです。
二つの伝えは、そろっていません。一方は日の巡りに合わせて乾き、満ちると言い、他方は潮に合わせて動くと言います。撰者はどちらが本当かを決めずに、両方を並べて書きました。
そのあとに置かれているのが、この項をほかの石の項と分けている部分です。秀正という人が、これは陰石であろう、と述べます。そして根拠として、中国の書を三つ引きました。『括異志』は、夷陵に陰陽石があって、陰石はいつも湿り、陽石はいつも乾いている、と記す。旱が続けば陰石を打ち、雨が続けば陽石を打つ、とも書かれていました。
次に『宋名臣言行録』から、ひとりでに水の出る硯を売りに来た者の話が引かれます。さらに、ある人の説として、土佐国の足摺明神の社内に潮石という石があり、潮の満ち引きに従って水が出るという話が置かれました。これらを考え合わせてみるべきである、と結ばれます。
島の一つの石を説明するために、大陸の書と土佐の社が持ち出されています。伝えを否定するのでも、そのまま信じるのでもなく、似た例を三つ集めて、同じ種類のものとして並べる。この項の考証は、そういう形をしています。石そのものの寸法は九尺と一丈二尺のままで、増えも減りもしません。
原文から
その頂に七つの池がある。
伝えていう、この石の上の池は大雨にも増さず、旱魃にも減じない。
またいう、海の潮の干満に随って差し引きすると。
夷陵に陰陽石があり、陰石は常に湿り、陽石は常に燥く。