このページの更新 10/16 16:05
倒れた松が、次の夜に起きる
石田村の項に踊川という流れが出てきます。地誌はまず水の道すじを書きます。源は南算師から出て梶取田に入り、大川・上躍川・下踊川を経て、また北田へ入る、と。川の名が二つ、躍と踊で書き分けられているところに、呼び名の揺れがそのまま残っています。
そのあとに、土地の人の話が置かれました。さんし川と御船川の下、卯浪田の川原の上に大川という流れがあって、その傍らに大きな松が立っていた、というところから始まります。
ある年、西安寺の僧がこの松を伐ろうと言い出し、大勢の人を集めました。いよいよ斧を入れようという時に、子どもがやって来て木の枝に登ってしまう。それを見た人々は恐れて、みな帰ってしまった、と書かれます。誰が止めたわけでもなく、子どもが一人登っただけで作業が中止になっている。話はその理由を説明しません。
次の年、この松は大風で倒れました。ところが、その翌る夜に、ひとりでに起き直った、と続きます。遠くから見ていた人によれば、小さな子どもが大勢で綱をかけ、掛け声をあげて引き起こしていた、というのです。
伐ろうとした時に枝へ登ったのも子どもで、倒れた木を起こしたのも子どもです。同じものが二度出てきて、一度目は作業を止め、二度目は木を立て直しています。話の中で、その子どもたちが何者であるかは一言も説明されません。
撰者はこの話を写したあとに、一行だけ断りを付けました。これは子どもの言うことではあるけれども、長く言い伝えられているとおりに記しておく、と。信じているとも、作り話だとも書いていません。土地に長く残っている言い方であることだけを理由にして、そのまま書き留めています。地誌の書き手が伝えを扱うときの姿勢が、この一行によく出ています。
原文から
上年、西安寺の僧がこれを伐らむといいて、多くの人を催し、すでに斧を加えんとする時に、童が来りて木の枝に上がれり。
その翌年、この松が大風のため顛倒しが、次の夜に自然に起きたり。
遠望すれば、小童が数多 綱をつけて曳き声をなして引き起こせりと。
これは童女の説なれども、久しくいい伝うるままを記しぬるになむ。