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鳴滝に立つ三つの碑
初山村の若松に、鳴滝という滝があります。地誌の書き方は素っ気ないものです。若松に属する。南向き。高さ一丈、横四間。常に水が落ちていて、その音が高い。滝の項はこれだけで、あとは滝のまわりにあるものへ話が移ります。
まず観音堂です。堂主は南明寺で、本尊は十一面の座像、長さ七寸。堂は東向きで九尺四方の茅葺き。境内は東西十間、南北六間半。ここまでは、この本のどの村の巻にも並んでいる書き方です。
変わるのはその次です。山の中に三つの碑石がある、と書かれます。一つめには、南無大慈大悲観世音菩薩、比丘東谷自刻、弟子初山拝建。二つめには、松東院殿月心宗玉大姉、明暦二年(1656 年)十二月二十五日、願主 初山性空。三つめには、坐禅石。彫られた文字がそのまま写してあります。どれも六、七尺の大きな石でした。
三つの文字は、それぞれ性質が違います。一つめは仏の名号と、彫った人と、建てた人の名。二つめは戒名と、その人が亡くなった日と、願主の名。三つめは石そのものの呼び名だけです。並べて置かれると、この谷で誰かが何かを勤めていたことが、文字の側から浮かんできます。
撰者はそのあとに、景色を書きます。山の中はけわしく、木立は古びていて、落ちる滝の音が谷風の木枯らしに響き合って、何とも言えない良い眺めの地である、と。この本の中で、撰者が寸法を書かずに景色だけを述べる箇所は多くありません。滝の高さと横幅は項の初めに書いてしまってあるので、ここでは音のことだけを書いています。
最後に、伝えが一行あります。明暦のころ、性空という僧がこの所に籠ったという。右の石塔はその時に建てたものだそうだ。坐禅石もまた同じである、と。碑に彫られた「願主 初山性空」の名と、籠った僧の名がここで結び付きます。ただし撰者は、その僧が何年籠ったのか、松東院殿と呼ばれた人が誰なのかは書いていません。書かれていないことは、ここでも補いません。
滝と、堂と、三つの石と、籠った僧。順に並べてあるだけで、互いの関係は最後の一行にしか書かれていません。それでもこの項を読み終えると、水の落ちる音のする谷に石が三つ立っている情景のほうが、寸法よりも先に残ります。
原文から
若松に属す。南向。高さ一丈、横四間。常に水の落つる、その音が高し。
山中に三つの碑石あり。
実に山中が峨々として木立が物ふりて、滝ち落つる鳴滝の音、谷風の木からしにひびきあいて、えもいわれざる佳景の地なり。
明暦のころ、性空という僧がこの所に籠りしと。すなわち右の石塔はその時に建てしとぞ。