このページの更新 10/16 16:05
飢饉を祈った男の顛末
布気村の百合草畠山の項には、山の寸法ではなく、一つの話がまるごと入っています。書き出しは、むかし高山という所に凶者があった、というものです。
その男は、自分が富んでいることを喜んで、他人に施しをしませんでした。地誌は、無道第一である、と短く評しています。撰者がここまではっきり人を評する例は多くありません。
そのころ世の中が飢饉でした。男はそれを幸いと思い、飢饉が続くようにと長いあいだ祈った、と続きます。米の値が上がれば、蓄えのある側が得をする。祈りの中身がそういうものだった、ということです。
そこへ、ある人が方法を教えます。飢饉を祈るには、さまざまな供え物を百合に入れ、女に担がせ、穴を掘ってその女を入れ、穴のまわりに十二膳の珍味を置いて、そのまま埋めるのがよい、と。男はたいそう喜んで、教えのとおりにしました。
結果は、望んだものとは逆でした。埋められた女の霊が祟りをなし、男の子どもは人に討たれ、家は次第に貧しくなって、一日の食べ物にも困るようになった、と地誌は書きます。飢饉を祈った者が、自分の家に飢えを招いています。
そのあとに、山伏の一段が続きます。ある時、彦山の山伏が訪ねて来ました。布施は出ません。山伏は怒って帰りぎわに法螺貝を一つ吹いた。男はこれに憤り、白刃をかざして出て来ます。山伏は驚いて逃げましたが、追いかけられて切り殺されてしまいました。
結びは一行です。このような無道の者だったので、天罰を受けて辛い目を見、命を終えたとかや、と。そして最後に、その女の塚というものが、いま畠の中にある、と書かれます。話の登場人物は誰も名を持たず、地名だけが残りました。畠の中の塚が、この長い話の唯一の物証として置かれています。
原文から
我が富めるを悦んで他に施しをなさない。
そのころ世の中が飢饉であったのを幸いと思い、飢饉を祈ること日久しい。
かかる無道の者であったので、天罰を蒙って辛い目を見、命を終えたとかや。
かの女の塚というものが、いま畠の中にある。